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大阪高等裁判所 昭和25年(う)2826号 判決 1951年2月05日

控訴人 京都地方検察庁検事正市島成一

第一審弁護人前堀政幸

被告人 小出正視 弁護人 前堀政幸

検察官 米野操関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月及び罰金五万円に処する。

右罰金を納めえないときは金二百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

押収にかかる京都地方裁判所昭和二十五年領置第一一七号の検乙第一号から同第十七号までの麻薬はこれを没収する。

原審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人前堀政幸の控訴趣意について。

原審が、被告人は医師で麻薬施用者であるところ法定の除外事由がないのに第一、終戦前から昭和二十四年九月初めまでの間麻薬(塩酸ヂアセチルモルヒネ以外のもの)十四種を所持していながら、昭和二十三年十月三十一日現在による法定の年間受払報告をするにあたつて、右の数量の報告をせず第二、終戦前から昭和二十四年九月一日までの間塩酸ヂアセチルモルヒネを所持していたものであると認定し、第一について麻薬取締法第四十七条第一項第五十九条を、第二について同法第四条第三条第五十七条をそれぞれ適用処断したことは、原判決上明らかなところである。そして、論旨は、まず、麻薬は終戦直後凍結せられたけれども、それまでは医師がこれを常備薬として所持することは適法であつたもので、昭和二十年厚生省令第四十四号第一条から第四条までの規定によると塩酸ヂアセチルモルヒネを所有していた者は、これを届け出る義務を課せられたけれども、その所有自体を不適法とするものではなかつたのであるから、原判決が被告人が終戦前から塩酸ヂアセチルモルヒネを所持していたことに対して麻薬取締法第四条違反として処断したのは憲法第三十九条に違反すると主張する。

そこで、麻薬取締法が昭和二十三年七月十日公布施行されるに至るまでの経過をみると、終戦前までは比較的取締がゆるやかであつた麻薬は、終戦直後連合国最高司令官から麻薬一切の凍結が指令せられ、これに応じて昭和二十年厚生省令第四十四号及び同第四十六号が公布せられ、次いで昭和二十一年厚生省令第八号及び第二十五号が公布施行せられたところ、これら各省令を統合して麻薬取締法となつたものである。そして、右省令第四十四号では、その第一条で塩酸ヂアセチルモルヒネ及びその一切の製剤の所有その他処分及び現状変更を禁じ、第二条でこれを所有する者は地方長官に速かに届け出ることを命じ、第三条で地方長官においてこれを没收しこれを保管のうえ厚生大臣の指示又は連合国最高指令部の要求に基いて引渡することを命じ、違反に対する罰則を設けているのであつて、これを要するに塩酸ヂアセチルモルヒネは爾後一切わが国の民間に存在することなきを期したものと解せられる。その後身である麻薬取締法第四条では、塩酸ヂアセチルモルヒネについてはその所持、輸入、製剤、小分、施用のための交付、譲受又は譲渡の一切を挙げて無条件にこれを禁じたのであるが、それは右のように右省令第四十四号の措置によつて、わが国の民間に塩酸ヂアセチルモルヒネが存在することは法的には有り得ないところとなつたけれども、事実上右の措置にもれたり、その他何らかの原因でその後も現に存在することなしとしないので、その対策の万全を期する趣旨であると解せられるのである。

しかるに論旨は、右省令第四十四号第二条の届出義務に違反する者があつて事実上没収を免れ、法の好まない所有が持続せられることがあつてもやむを得ないと主張し原判決は右省令を誤解するものと非難するのであるが、かかる所持を放任せんとするがごときは、それこそ全く右麻薬取締に関する一連の法令の趣旨の曲解といわねばならぬ。又論旨は銃砲等所持禁止令附則第二項を援用するけれども、同令はその施行後においても一定の範囲内でそれが所持を許容することを建前としているものであるから、これを本件の関係法令の解釈に持ち込むことは見当ちがいの論議である。なお、論旨は麻薬取締法附則第七十四条や憲法第三十九条を援用するけれども、原審は麻薬取締法施行前の行為を処罰するのではなくて、同法施行後昭和二十四年九月一日までの間の塩酸ヂアセチルモルヒネ所持の行為を処罰する趣旨であつて、原判示第二において「終戦前から」なる文言を用いてはいるが、それは右所持の経過的説明にすぎないものと解せられるのであるから、この点の所論も原判文を特に我田引水的に解せんとするもので理由はない。

これを要するに、原判示第二事実に対して麻薬取締法第四条第三号第五十七条を適用処断したことを非難する論旨は、全く理由がないものとせざるを得ぬ。

次に、論旨は原判示第一に関して、右省令第二十五号第四十六条に年間受払報告の義務を規定しているが、業務上使用の目的で所持する麻薬について適法な増減消費の明細を報告せしめんとするものであつて、本件のように被告人が業務上の使用を断念したか又はその所在を忘失して使用不能の状況にあつたものについては適用がない。そもそも被告人は終戦前から適法に麻薬を所持したもので、これについては右省令第二十五号附則第五十九条の報告義務があり、これを怠つたゆえに処罰を免れないので、その後においてさらに報告義務を課することは無理である。そして同省令第四十六条を承継した麻薬取締法第四十七条の報告規定はすべて前示報告義務を怠つている無籍ものについては適用がないと主張するのである。

そこで、所論省令第二十五号によると、その第四十六条で、麻薬使用者等に年間報告書を提出すべきことを命じると共に、第五十九条で同省令施行の日に所有又は所持する麻薬について一ケ月以内にその報告をしなければならない旨を規定し、いずれも違反の罰則を設けたのであるが、その後制定公布された麻薬取締法第八条で麻薬取扱者免許の有効期間は免許の日からその年の十二月三十一日までとし、第四十七条第一項で麻薬取扱者免許がその効力を失つた後引き続いて免許の申請をするときは、(一)当該効力を失つた免許の申請をした日に所持した麻薬の品名及び数量竝びに容器の容量及び数(二)当該効力を失つた免許をした日から免許の申請をする日までの間に譲り受け、譲り渡し、施用し、施用のため交付し、又は研究のため使用した麻薬の品名及び数量竝びに容器の容量及び数(三)引き続いて免許の申請をする日に所持する麻薬の品名及び数量竝びに容器の容量及び数を厚生大臣に報告しなければならぬとしている。以上の立法経過によつてその趣旨を考えると、一般麻薬(塩酸ヂアセチルモルヒネ以外のもの)については右各所定の時期における数量はいやしくも現に存する以上すべてこれが報告を要求するものであつて、その間何らの例外として除外するものはないと解すべきである。麻薬取締法第四十七条に規定する麻薬取扱者が適法に所持し受払、施用若しくは使用した麻薬についてはもちろんその他いかなる原因事情で所持するかを問わず、たゞ所定時期における現状そのものについて厳格な報告義務を課することによつて、麻薬の不正な流通を防ぎ適正な配分をしようとする麻薬取締法立法の主旨の貫徹が期せられるのであろうし、またそう解することによつて同法第四十七条第一項第一、二号の外に特に第三号の規定を設けたことが理解されるのである。

そうすると、原審が原判示第一について麻薬取締法第四十七条第一項第五十九条を適用処断したことを非難する論旨もすべて理由がない次第である。

しかしながら、刑事訴訟法第三百九十二条第二項により職権で原判決の認定事実に対する法律の適用の当否について考えるに、原判示第一の罪と同第二の罪とは併合罪の関係にあるから、刑法第四十五条を適用処断するのが相当であるのに、原判決は右法条を適用した形跡がなく、このことは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十条によつて破棄を免れない。そして、訴訟記録及び原審の取調べた証拠によつて直ちに判決をすることができると認められるから、同法第四百条但書に従い次のとおり判決をする。(従つて検察官の量刑不当の控訴趣意については特に説明を与えないが、結局理由あることとなる)。

原判決が証拠によつて確定した事実を法律に照すと、被告人の判示所為中第一の点は麻薬取締法第四十七条第一項第三号第五十九条罰金等臨時措置法第二条にあたり、犯罪後刑の変更があつた場合であるから、刑法第六条第十条によつて軽い行為時法に従い、第二の点は麻薬取締法第四条第三号第五十七条罰金等臨時措置法第一条にあたるから、いずれも情状により懲役刑と罰金刑とを併科することとし、右は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法第四十七条但書第十条に従い重い第二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で、罰金刑については同法第四十八条第二項に従いその合算額の範囲内で被告人を懲役一年六月及び罰金五万円に処し、同法第十八条によつて罰金不完納の場合における労役場留置の期間を定め情状により同法第二十五条に則りこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとし、押収品の没収について同法第十九条第一項第一号第二項、訴訟費用の負担について刑事訴訟法第百八十一条を適用して主文のとおり判決をする。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 佐藤重臣 判事 梶田幸治)

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